2020年02月22日

胸の香り

MiyamotoTeru_002.jpg
 作:宮本 輝
 装画:有元利夫
 装幀:菊地信義
 出版社:文藝春秋







■ 内容説明 ■

男と女、母と子、人それぞれの愛憎と喜び悲しみを、三十枚の原稿に結晶させた珠玉の七篇。
人生の陰翳を描き惻々と胸を打つ短篇集


■ 収録作品(括弧内は個人メモ) ■

月に浮かぶ(浮気相手と月見。海に映った月)
舟を焼く(幼いころからの固い約束。しかし三年で離婚)
さざなみ(ポルトガルで再会した女の固い決意)
胸の香り(パン屋の主)
しぐれ屋の歴史(不思議な手紙や小冊子。酒に溺れた母)
深海魚を釣る(理由があってないような、説明がつきそうでつかない行動)
道に舞う(こじきの母子。銭をねだってひらひらと動かす手が蝶のよう)


■ 感想 ■

似たような設定が多い。
そのなかのいくつかは、ご自身が体験したことだと思う。

不倫や浮気、中絶や婚外子という話は好きではないので、正直なところ、最初は気が乗らなかった。
その色が一番濃い「月に浮かぶ」は、話としては悪くない。
(というより、この七編のうちに悪い話はひとつもない)
主人公の複雑な心の揺れは、とても人間らしい。
だが、同情はできない。

同じような理由で、「舟を焼く」もあまり好きではない。
しかし宿の主人夫妻は心に残る。

変わってきたのは三作目の「さざなみ」から。
最初は「またこのパターン(浮気・不倫)かー」とうんざりしたところからの「お?」。
ラストの力強さが気持ちがいい。

「胸の香り」は、七作のなかで一番好きな話だ。
いや、話そのものより……なんというのだろう、構成と言葉、が好きなのだ。
話の視点は主人公にあるが、合間に母親の語りが地の文となって挟まれる、そこが好きだ。
見えない深い場所を流れる地下水脈のような、意識しないまま耳にしている音楽のような。

「しぐれ屋の歴史」と「深海魚を釣る」は、不思議の色が濃い。
特に後者はありそうな話で、色々と推測してしまう。

作者によるあとがきもすばらしかった。







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posted by 日和 at 20:03| Comment(0) | 小説(み) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月21日

不時着する流星たち

OgawaYoko_008.jpg
 作:小川 洋子
 装画:MARUU
 装幀:鈴木成一デザイン室
 出版社:角川書店







■ 内容説明 ■

ヘンリー・ダーガー、グレン・グールド、パトリシア・ハイスミス、エリザベス・テイラー……
世界のはしっこでそっと異彩を放つ人々をモチーフに、その記憶、手触り、痕跡を結晶化した珠玉の十篇。
現実と虚構がひとつらなりの世界に溶け合うとき、めくるめく豊饒な物語世界が出現する――
たくらみに満ちた不朽の世界文学の誕生!


■ 収録作品(括弧内は個人メモ) ■

誘拐の女王(ヘンリー・ダーガー)
散歩同盟会長への手紙(ローベルト・ヴァルザー)
カタツムリの結婚式(パトリシア・ハイスミス)
臨時実験補助員(放置手紙調査法)
測量(グレン・グールド)
手違い(ヴィヴィアン・マイヤー)
肉詰めピーマンとマットレス(バルセロナオリンピック男子バレーボールアメリカ代表)
若草クラブ(エリザベス・テイラー)
さあ、いい子だ、おいで(世界最長のホットドック)
十三人きょうだい(牧野富太郎)


■ 感想 ■

小川洋子さんらしい短篇集だった。
誰にも真似できない世界観と、砂金のように光る美しい言葉の数々。

異色なのは「肉詰めピーマンとマットレス」だ。
どう異色かというと、一般小説に割と近い。
それで異色と呼ばれるんだから、小川さんの作品ってやっぱり独特だ。

凡人の私は、「肉詰めピーマンとマットレス」や、優しい感じのする「十三人きょうだい」が好きだ。
「臨時実験補助員」や「若草クラブ」などの「いかにも小川さん」な方は、正直なところ、面白いより気持ち悪い。
小川さんの感性を理解できる人からすれば、私は「ふきのとうの苦みを完全に消し去る人」に見えるだろう。
「苦みのないふきのとうなんて!」
「ふきのとうは苦みが美味しいのに!」
でも、あっさりとした作品でも小川さんのすごさは判る。

一番の収穫は、作品よりも(すみません)、ヴィヴィアン・マイヤーという人を知れたこと。
写真がネットで見られるが、とてもいい。
表紙と扉絵も素敵だ。



posted by 日和 at 17:06| Comment(0) | 小説(お) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月20日

ものの聲ひとの聲

MizukamiTsutomu_001.jpg
 作:水上 勉
 装画:渡辺 淳
 装幀:玉井 ヒロテル
 出版社:小学館







■ 内容説明 ■

“水上文学”の心のふる里は……。
幼時体験などを交えて語る自伝的人生教育論。
著者の人間観、教育観がよくわかる珠玉の随想集です。


■ 収録作品(括弧内は個人メモ) ■

こころ根のふるさと(私の球根(自我のようなもの))
へっこ餅と菩提寺(乾燥ヨモギを蒸して少々のもち米と米の粉を混ぜたもの)
父母を抱き直す日々(出家。慣れない養父母)
山門を出づる日まで(仏教者は人間を差別する)
庫裡王国の「掟」に耐えて(谷崎潤一郎『小さな王国』)
青葉山分教場の庭(四学年を一教室で教える複々式授業)
知恵おくれについて(知的障碍者のタカ子)
虫の唄という勿れ(人並とは何か)
四枚のぞうきん(凍死した女性教諭)
足もとに提灯を(蜘蛛合戦と射殺された母子熊)


■ 感想 ■

図書館の本棚を前にして、はたと気付いた。
「もしかしたら私、水上勉さんの小説を読んだことがないのでは?」
有名な作家でよく名前を見かけていたから、すっかり読んだ気になっていた。
ネットで調べてみたが、作品が多すぎて、既読のものがあるか判らない。
「とりあえず一冊、小説を読んでみよう」
と借りてみたら、これは随筆で小説じゃなかった。ああもう。

のっけから躓いたが、本自体は面白く読んだ。
特に、幼少時代が良かった。
世代も生まれ育った地域も違うから、知らないことばかりで興味深い。
そのなかでも「足もとに提灯を」は、ひとつの作品としてもすばらしいと思った。

教育者でもある作者は、本書のなかで教育論を展開する。
見て驚いた。
近年一般化しつつあるインクルーシブ教育じゃないの。
先見の明……もあるだろうが、たくさんの先生方が「こうなったらいいのにな」「こうしたらどうだろう」と思っていたことが実現し始めているのだろう。
昨日までの教育要綱を、今日からすぱっと変えるなんてできない。
でも、ちょっとずつ方向を転換し軌道を修正し、物事はちゃんと動いていた。
ちょっと感動した。

反対に、ひっかかったこともある。
特にひっかかったのは、知的障碍者のタカ子のことだ。
ここら辺は時代差もあるので一概には言えないが、もう少し配慮が必要だったと思う。
それがあれば、タカ子親子が三十三年間も後ろ指をさされることはなかったのに。





posted by 日和 at 17:34| Comment(0) | 小説(み) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月15日

オリガ・モリソヴナの反語法

YoneharaMari_001.jpg
 作:米原 万里
 装画:N・V・パルホメンコ
 装幀:スタジオ・ギブ
 出版社:集英社







■ 内容説明 ■

1930年代モスクワで人気を博し、激動の東欧、ソ連を生きた伝説の踊り子に隠された驚愕の過去。
著者自身が通ったプラハ・ソビエト学校の老女教師の数奇な生涯を辿る、新大宅賞作家、感動の長編小説。
第13回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞作。


■ 登場人物 ■

弘世 志摩 … 42歳バツイチ。息子一人。
 1960〜64年、チェコスロバキアのソビエト大使館附属八年制学校へ通う
オリガ・モリソヴナ … ソビエト学校の名物舞踏教師
エレオノーラ・ミハイロヴナ … 同校のフランス語教師。認知症の貴婦人
ミハイロフスキー大佐 … 在チェコスロバキア・ソ連大使館付き武官
カーチャ … 志摩の同級生で親友。両親ともに同校の教師
スヴェータ … 志摩の同級生。校内一の情報魔
ジーナ …東洋系の美少女でダンスの天才。オリガとエレオノーラを「ママ」と呼ぶ
レオニード … 志摩の1学年上の美少年。冷たい緑の目を持つ
コズイレフ … 旧ソ連を代表する哲学者でレオニードの父
ナターシャ … モスクワのエストラーダ劇場のダンサー
マリヤ・イワノヴナ … エストラーダ劇場の衣装係
ガリーナ・エヴゲニエヴナ … 1930年代、ラーゲリ(強制収容所)に送られた女性
マリーナr・ルドネワ … ボリショイ・バレエ学校の生徒
ヤン・シャオツィー … エレオノーラの夫と思われる男性。上海の大富豪の御曹司
バルカニヤ・ソロモノヴナ・グッドマン(バラ) …
 1930年代、ディアナの芸名で活躍したモスクワ・ミュージック・ホール伝説の踊り子
マルティネク … バラと婚約したチェコの外交官


■ 感想 ■

面白かった!
正直、欠点の多い本だと思うのだ。
「まともな文章も書けないくせに、偉そうに」と怒られそうだが、少なくとも〈日本的な小説〉ではないと感じた。
どこがか?

・偶然に助けられつつ、話を力技で押し進める(まさに怒涛)。
 普通なら「無理がある」と言われるだろう。
・「ハハハハ」「クックックックッ」など笑い声を会話文に含めるところ。
 ラノベ以外ではあまり見ない。

など。
本の最初にある「主な登場人物」にも驚いた。
まるで少女漫画の設定だ。

しかし、そういう引っ掛かりで読者を立ち止まらせないほどの勢いがある。
また、ソビエト学校で幼少期を過ごした体験や、豊富な知識と経験が物語に厚みを生み、少女漫画的設定をしっかりと押さえ込んでいる。
巻末の出所一覧と参考文献を見て驚いた。
ものすごい量だ。
これだけの史実や記録が土台になっているのだ。
盤石な基礎が打たれた本は、上でちょっとくらい跳んだり跳ねたりしても、びくともしない。

正直、ロシアという大国のスケールに助けられた部分もあると思う。
ロシアは、国土的にも歴史的にも巨大だ。
スターリンの大粛清なんて、殺された人だけでも「何十万〜何百万」。
単位「万」だよ? 「人」じゃないんだよ?
過酷な収容所暮らしや移送途中でなくなった人も含めれば「千万」となる。
モスクワとウラジオストクを結ぶ鉄道は、走行時間が「6日と少し」だ。
それを舞台にすれば、自然と物語のスケールは大きくなる。

しかし、どうであろうが面白かった。
最後までワクワクしながら読んだ。





posted by 日和 at 23:06| Comment(0) | 小説(よ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月14日

オブリヴィオン

TodaJunko_001.jpg
 作:遠田 潤子
 写真:Moment/Getty Images
 装幀:鈴木 久美
 出版社:光文社







■ 内容説明 ■

森二が刑務所を出た日、塀の外で二人の「兄」が待っていた――。
自らの犯した深い罪ゆえに、自分を責め、他者を拒み、頑なに孤独でいようとする森二。
うらぶれたアパートの隣室には、バンドネオンの息苦しく哀しげな旋律を奏でる美少女・沙羅がすんでいた。
森二の部屋を突然訪れた『娘』冬香の言葉が突き刺さる――。
森二の「奇跡」と「罪」が事件を、憎しみを、欲望を呼び寄せ、人々と森二を結び、縛りつける。
更に暴走する憎悪と欲望が、冬香と沙羅を巻き込む!
森二は苦しみを越えて「奇跡」を起こせるのか!?


■ 登場人物 ■

吉川 森二 … 主人公
唯 … 森二の妻。故人
冬香 … 唯の娘
長嶺 圭介 … 唯の兄
吉川 光一 … 森二の兄。ヤクザ者。競艇のノミ屋
加藤、持田 … 光一の手下
庄司 … 保護司
佐藤 沙羅 … 森二の隣人。母はアルゼンチン人。バンドネオンを弾く
和雄 … 沙羅の父。三年前に行方不明
丸山社長 … 「丸山木工所」の社長
丸山社長の息子 … ゲス
”白狐” … 加藤・持田とつるんでいる男。「本部長」と呼ばれている
”白フクロウ” … 「会長」と呼ばれる小柄な女性。”白狐”の母


■ 感想 ■

この本の「オブリヴィオン」は、沙羅が弾くバンドネオンの曲のタイトルだ。
作曲者はピアソラ。
優しい意味を持つ言葉だが、明かすと読む楽しみが減るので省略。

遠田潤子さんの本は初めて読む。
というか、ずっと別の作家と間違えていて、読んだと勘違いしていた。
文章は上手だと思う。
登場人物たちは苦悩を抱えており、時には怒りを爆発させたり嘆いたりするのだが、硬質な雰囲気は崩れない。
盛りだくさんな内容で十分に面白かったが、贅沢を言えば、あと少し「何か」が足りない感じがした。

物語は、服役を終えて出所した森二が、二人の兄と再会する場面から始まる。
服役理由は「妻殺し」。
最愛の妻・唯を、森二はなぜ殺したのか。
なぜ唯は森二を裏切ったのか。
子供の頃に森二が起こした〈奇跡〉とは?
沙羅の父親はどうなった?

それらの謎を小出しにしつつ、話は過去と現在を行き来しながら進んでいく。
そして後半、ある事件が――!

いやが上にも興味が掻き立てられ夢中で読んだ……と書きたいところだが、正直なところ、三分の一あたりで飽きた。
あまりにも盛りすぎ、伏せすぎ、引っ張りすぎだ。

過去が重要なのは判る。
光一が今のようになった理由も、森二と長嶺兄妹との強い結びつきも、すべて過去にある。
それでも、思い出話が長すぎる。

矛盾するようだが、思い出話そのものは良かったのだ。
葛藤や悩みが上手に書かれている。
しかし、〈唯の裏切り〉の理由や、沙羅の父親のことなど、謎はたくさんある。
それらが気になって、思い出話に集中しきれない。
鼻先にニンジンをぶら下げられた馬状態、「ここを読まないうちは教えないよ」と焦らされている感じもした。

そんななか、本のちょうど中間あたりで、〈唯の裏切りに絡む謎〉の見当がついてしまう。
(くどい書き方だが、〈唯の裏切り〉ではない)
その途端、読むのが面倒になった。
「謎の根っこは解けたのに、この先残り半分も、こんな風に焦らされながら読まなきゃいけないのか」と。
面倒になった理由はもうひとつある。
〈唯の裏切りに絡む謎〉が陳腐なのだ。
ああこれか、このパターンかというガッカリ感。

しかし実際は、続きを読んでも退屈しなかった。
現代パートに戻ってから、話がぐんと緊迫し、スピードも増す。
首をひねる部分もいくつかあったが、一気読みは避けられないほどの勢いがあった。
おかげで寝不足です。

面白いとつまらないの二択なら、迷わず面白いを選ぶ。
しかし、このペースは苦手だ。
他の本を読んでみたいと思うのだが、「どの作品も似ている」という辛口レビューを見てちょっと悩んでいる。
読めば判るか。





posted by 日和 at 18:00| Comment(0) | 小説(と) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする